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水戸地方裁判所土浦支部 昭和34年(わ)33号 判決

被告人 羽生常造

昭二・七・三〇生 農業

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は昭和三三年一一月頃から神経衰弱気味になり仕事も思うようにはかどらなかつたため行く末を思い到り世をはかなみ種々懊悩していたものであるが、同三四年三月二〇日午前八時三〇分頃山仕事のため長男照勇(当一四年)及び次女純子(当五年)の両名を連れて行方郡麻生町大字根小屋小沼進所有の同郡麻生町大字石神字一三仏一三三二番地の山林に行き、同所において仕事中の同日午前一〇時頃発作的に右両名を殺害して自からも自殺しようと決意し、いきなり所携の刃渡り一三・五センチメートル位の鉈にて右照勇の頭頂部・後頭部等を拾数回切りつけ、つづいて純子の後頭部等数回切りつけたが急所をはずれていたため、右照勇に対し治療日数約二週間を要する左顔面耳翼切創・頭頂部後頭部割創・左側頭部挫創及び右耳翼擦過傷、純子に対し治療日数約四週間を要する前額部及び後頭部割創・後頭部陥没骨折の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂ぐるに至らなかつたものである。」というにある。

よつて按ずるに被告人が右公訴事実のような犯行をなしたことは当裁判所の審理した結果により一応これを認めることができる。しかしながら鑑定人竹山恒寿作成の被告人に対する精神鑑定書並びに証人竹山恒寿の当公廷における供述を綜合すると被告人は躁鬱性性格者で昭和二八年―昭和二九年頃から次第に不眠・頭痛・沈鬱・退嬰・焦躁等の鬱症状を呈するに至り、このような状態が数ヵ月の間継続しその後周期的に右と同様の抑鬱状態をくりかえしているうち昭和三三年秋頃から第四回目の鬱病相期に入りその症状は極度の嫌人感・厭世感・意欲減退等にまで発展し病勢重篤ではないにしても昂進した本質的鬱状態にあつたところ、本件犯行はこのような鬱病のもとに自殺衝動にかられて敢行した発作的な激越的状態における病的感情に基ずく行為であつて当時の被告人に正常な弁別能力や抑止を期待でき得なかつたことが認められる。第二回公判調書中証人羽生しめの供述部分及び被告人が当公廷において示した挙措言動その他本件審理にあらわれたその余の一切の資料を併せ考え当裁判所も竹山鑑定人の右所見はこれを肯認すべきものと判断する。この点につき検察官はその然らざる所以を克明な調査と豊富な予備知識に基ずき種々弁疏し反論するが、いまだ前記判断を覆すに足る心証を惹起しない。してみれば被告人の本件犯行時の精神障碍はことの是非善悪を区別しその判断に従つて行動する能力を完全に欠いていたものとして所謂心神喪失の状態にあつたものというべく、刑法第三九条第一項・刑事訴訟第三三六条前段に則り被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のように判決する。

(裁判官 山口昇 福間佐昭 中野武男)

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